2010年04月のアーカイブ

赤字国債に代る建設国債

平成22年4月30日
赤字国債に代る建設国債

郵便局の貯金の上限が1,000万円から倍額の2,000万円に引き上げられることになりそうである。この政策のメリットは一体何なのであろうか。民間の金融機関にある預金を郵便局の貯金へ移そうというのであるが、百害あって一利なしの政策である。郵政民営化の民意を無視した上に、更に民間金融機関に大きな打撃を与えかねないものである。特に体質の弱い地方の金融機関の融資態度に悪い影響を与えるものである。政治は国民の為のものでなければならない。この点が忘れられているのは誠に悲しい。
景気対策とのことで大型予算が組まれたが、その財源は赤字国債にたよったものである。赤字国債は徐々に、縮小しなければ日本の財政の将来はない。赤字国債でなく、投資から収益を生む建設国債とすべきである。投資先は日本海ベルト地帯へのインフラ投資である。東アジア時代を迎えて、この投資は十二分の収益を生み出すであろう。
郵貯への誘導でなく、もっと知的レベルを上げた新型債の発行を検討したらいかがであろうか。例えばマイナス利子の超長期の新型債である。これを毎年50兆円ずつ発行していけば、たちどころに既発行の赤字国債負担分は減少していく。購入者へのメリットは、相続税の減免措置である。これを10年続ければ、日本の財政は健全化する。数年後の消費税の引上げと併行すれば健全化はより早く達成できる。
日本の税制の不均衡を考えると、今一度税制全般を見直す必要がありそうである。

ビジットジャパン

平成22年4月28日
ビジットジャパン

観光立国を標榜する政策「ビジットジャパン」がスタートして日本への観光客は増えたであろうか。リーマンショックの悪影響を考えると大きな効果を期待するのは無理である。しかし日本への観光客の数字はあまりに小さい。小さすぎる。日本へ入国する観光客の数は僅かに年間730万人である。これは香港、マカオ、シンガポールより少ない人数である。
この数字を大幅に上げる為に、私達は何をすればよいのであろうか。世界で一番観光客が多いのはアメリカである。そして第2位はスペイン、第3位はフランスである。その理由を解明できれば、私達のやるべきことが判明する。
日本の魅力を世界中にアピールすることが、観光立国を目指す正しい対応である。それは自然の魅力であったり、文化の魅力であったり、健康長寿であったり、高度な医療技術であったりするであろう。その魅力を上手にアピールすることができれば可能性は高くなる。
福井県への観光客を誘致すると同時に、福井の物産や福井の企業を全国へ、世界へ紹介する為に、福井県庁の中に観光営業部が設置されて、二代目の部長がこの4月に就任された。私達の期待は大きいが、それだけに責任は重い。福井への観光客を増やす為には、魅力の顕在化が必要である。福井県にはかくれた、潜在的な魅力のスポットが数多く存在する。そのスポットの魅力を増加させなければならない。そしてそのスポットをネットワークで結ぶのである。その為の交通アクセスを整備するのだ。
永平寺、東尋坊、平泉寺、朝倉遺跡、恐竜博物館をはじめ、継体天皇ゆかりの地、越前和紙、越前漆器、越前焼などの伝統工芸、御食国の若狭、越前カニをはじめとする海の幸、山の幸、魅力はいくらでもある。

キラリ会

平成22年4月27日
キラリ会

福井県下で活躍している組織の長で、他府県出身者の方々を集めて「ヨソ者の会」をつくり、「ヨソ者の知恵」を集めて、福井県のために役立てられないかと考えて早や3年が経過した。毎月1回(12月1月は休会)開催する会である。今回は30回記念に北陸経済連合会の新木富士雄会長をスピーカーにお願いした。テーマは「再び環日本海時代――北陸のこれから」である。日本海側の中心に位置する北陸3県の歴史的な特徴や現状の優れている点、また将来のあるべき姿など、豊富な資料とデーターを駆使して格調の高い講話をしていただいた。
その中で経営者としての心構えを教えられた。事業を成し遂げるには・・・1.明確なビジョン(理念)2.ビジネスを実現する形と気持のコンセプト(概念)3.成功に至るストーリー(道筋)・・・この3つが必要不可欠とのことである。そして注意すべき所は、ビジョンとコンセプトを深く印象付け、正しく認識させる為の、シンボル(象徴)が必要である。またストーリーは入り易いものでなく、入り難くとも出易いものを選べとのことであった。
これ等の言葉は堺屋太一の「世界を創った男チンギス・ハン」の中にあるとのことで、私は記憶にある言葉であったので書架を探してみた。見当たらないのでえきまえのアオッサの中になる市の桜木図書館へ行って第1巻を読んでみた。間違いなく以前に読んでいた。チンギス・ハンの「人間に差別なし、地上に境界なし」というビジョンが、くり返し使われている。僅か数百万人のモンゴル系部族が、僅か50年程の年月の間に、ユーラシア大陸の殆どの国々を支配してしまった歴史を、今更のように気付かされ、感銘を受けた。チンギス・ハンにも絶体絶命の危機が3度あったとのこと。この危機に際しては、沈着冷静、そして機敏な行動で切り抜けている。13世紀のモンゴルと21世紀のアメリカの相似性に気付かされる場面が、数多く見受けられる。多人種、多文化、多宗教を容認して拡大していった点、強大な軍事力を背景に大量報復の軍事戦略をとった点、不換紙幣を発行した通貨政策、強く完璧な統制力と指揮命令系統を持つ組織、そしてビジョン、コンセプト、ストーリー。
久しぶりに堺屋太一氏の小説を読んで心が躍った。キラリ会に参加し、新木会長の話を聞いたおかげで、またこの本に出会い、感動を新たにしたのである。今またチンギス・ハンのビジョンやコンセプトそして成功のストリートを再評価するべき時代が来たように思う。私達の会社にとっても、直ちに役立つ言葉だと考えて、社長にコピーを渡すことにした。

不透明な時代

平成22年4月26日
不透明な時代

先が見えない。株式市場は少し明るくなったようであるが、ゴールドマンサックスの情報開示問題が表面化し、金融株を中心に急落した。まだまだ不安定なマーケットが続いている。資源不足を背景に、原油や鉄鉱石、金などへの投資が進み、資源高、製品安の状態になっている。また需要の回復が遅れており、デフレ傾向は収まっていない。
中国元の動向もはっきりしない。元高基調と予想しているが、中国とアメリカの思惑がどうなるか、それを見極めることは難しい。
また日本の政治の状況も、非常に難しい局面を迎えた。民主党と自民党との対決を予想していたのだが、急激な内部変化が両党内にあり、5月末には大きい変化が起きるかもしれない。
また日米関係もあまりすっきりしていない。普天間基地問題が日米安保にまで影響しそうな状態であり、アメリカからの圧力が心配である。オバマ大統領の平和政策と歩調を揃えて問題解決をはからなければ先は見えてこない。現場にまかせても混乱が増すばかりである。
デフレ対策への対応もはっきりしない。世界経済の中で安定度の高いオーストラリアとカナダが金利引上げに踏み切った。インドも2回目の引上げをした。しかし欧州経済が弱いなか、日米ともに、景気と雇用の浮上に注力中であり、金利引上げや貸出しの抑制などとても考えられない状況にある。資源への投機資金の流入による資源高に対し、需要低迷による商品安、製品安が続いており、先が見えない不透明な時代となった。
この混迷の中で、私達のとり得る手段は何であろうか。先に光明を見つけて、行動を起したいのだが、その光明はどこにあるのか。いつも自問自答することであるが、それは身近にあるはずである。すぐ目の前にあるはずである。早くその光明を見つけて、それに向って歩き出したいものである。
不透明な時代はいつまでも続かない。いつまでも続くはずがない。これは歴史が証明してくれている。希望を持ち、地道な努力を続けていけば、必ず道は開けてくる。

自動車はどこへ行く

平成22年4月23日
自動車はどこへ行く

日本の総エネルギーの消費の20%以上が、自動車用に使われている。人間用が14%、貨物用が7%である。エンジンの中でガソリンや軽油を燃やし出力を得ているが、そのエネルギー効率が悪い。ガソリン用で15%程度、ディーゼル車で17%程度である。このシステムとエネルギー効率は産業革命以来あまり改善されていない。このエンジンを電気自動車のモーターなどのより効率のよいものに変えるだけで省エネ効果は大きくなる。効率を30%とすればエネルギー消費は半分になる。60%とすれば4分の1になる。90%にまで上げればガソリン消費は6分の1でよい。
電気自動車のエネルギー効率はかなり高い。電気自動車はバッテリーからモーターそして車輪へ至るエネルギー効率は90%近くに達する。またバッテリーの充電、放電ロスを加味したり、電気を作る大型発電所での発電効率は35〜40%であるので、トータルでは30%と考えた方がよい。即ちガソリン車の倍のエネルギー効率である。
ハイブリッドカーのリッター当り走行距離は、トヨタのプリウスの例を見てもどんどんよくなってきている。現在でも通常のガソリン車の倍以上であり、エネ効率に換算すると電気自動車に十分匹敵するところまで来ている。走行距離や充電時間を考えると長距離利用にはハイブリッドカーが有利である。
燃料電池車がトヨタとホンダで製作され、日本政府をはじめ各国へリースされたのが2002年12月であった。この車は水素と酸素による電気化学反応を利用して発電する技術を利用している。この技術は1839年イギリスのグローブ卿が発見し、1960年代にアメリカの人口衛星で使われていた。エネ効率は40〜50%に達する。水の電気分解と全く逆の現象を利用して発電すると考えればわかり易い。1980年代末にカナダのバラード・パワーシステム社が開発し、現在この方法が世界各地で研究されている。バッテリーからモーターそして車輪へ至る効率90%を加味しても35〜45%のエネ効率となり、高い効率が獲得できる。
以上のように、ガソリン、軽油で走る現状の車と、電気自動車、ハイブリッドカーそして燃料電池車のエネ効率を比較したが、製造コストの面から考えると、ハイブリッドカーと電気自動車が有利である。特に電気自動車の電気が、原子力発電の夜間電力を使用できるシステムの採用が可能であるので、最有力のエネ効率と相対的低コストが両立できそうである。今、世界で電気自動車の開発と、高性能バッテリーの開発が昼夜を分かたず行われているのはそれが原因である。ハイブリッドカー全盛時代の後に来るのは、電気自動車時代であるのは間違いない。


ジャパンモデルの確立

平成22年4月22日
ジャパンモデルの確立

21世紀の理想の国家モデルはどのようなものになるのであろうか。その理想像を世界的な視点から追求し、描き出そうとしているのが「ジャパンモデル」である。日本が世界中のお手本になる為の指針づくりと言ってもよかろう。
21世紀の世界の問題は、何かを考える必要がある。まず第一に「省エネルギー、省資源」である。化石燃料をはじめ、あらゆる地下資源が無法に、際限なく浪費されている。この姿は、19世紀から始まった植民地主義、一部の国による他民族への征服と抑圧の姿を想起させる程に、激しい奪い合いが行われている。この対応策が求められている。日本のお得意芸の省エネルギー、省資源の「生産方法」「生活様式」を世界へ輸出するのである。その為に私達の持っているものを「ジャパンモデル」としてどの国でも、どの民族でも容易く利用できるように、普遍化する必要がある。
問題点の第二は、急速に進む「高齢化社会」への対応である。今世紀中には、中国までもこの問題に悩むであろうといわれている。現在では日本が、この高齢化の最先端にいる。しかしいずれ「高齢社会」は地球上のすべての地域に広まっていく。これは地上における極楽の実現のはずであるが、一つ間違えると地獄の出現になりかねない。その為の日本の対応を世界が注目しているのである。この解決策は私達がいまやろうとしている。「健康長寿社会」を創り上げることに尽きる。死の間際まで健康を保ち、元気に働いて助け合う共生社会の実現である。その社会を私は「生き生きと共に生きる共生社会」と呼んでいる。
問題の第三は「教育」である。日本は6・3・3制すべてが無料化されようとしている。国家の義務は「教育」と「安全」の提供といわれているが、この教育がすべての日本国民に平等に提供される社会が実現されつつある。これは世界でも稀である。エリートだけでなく、すべての国民が、読み書きソロバンが出来る国は、世界に殆ど存在しない。日本だけである。これをジャパンモデルとして確立するのである。教育システムの無償輸出である。
問題の第四は「安全」である。40年程前から私は世界各地をまわり見聞を広め、ビジネスを行ってきたが、その時外人達がポケットから鍵束を取り出す姿を見て驚いた経験がある。またアポをとって訪問したのに玄関がしまっていて銃を持って対応されたこともある。治安が悪い国が世界中には数多く存在する。人々がお互いを信じあえる国になっていないのである。この点でも日本は世界のお手本となりうるのである。「交番モデル」が話題を集めたり「向う3軒両隣り」「ご近所の底力」「公民館システム」など優れた社会制度は当然ジャパンモデルたりうるものである。
更に蛇足になるが私はジャパンモデルにもう一つ加えておきたいことがある。オバマ大統領が初めて言及し、今議論されだした核兵器廃絶の問題である。これを「戦争放棄」にまで高めたい。日本はアメリカの核の傘からの独立が云々されているが、スイスの「永久中立宣言」がかつて世界から絶賛を浴びた。そして日本の「戦争放棄宣言」はいまだに日本だけである。戦争をしないと憲法に書いてある国は日本だけである。これこそ「ジャパンモデル」として世界の範とすべきことであると信じて止まない。「ジャパンモデル」の確立は今世紀最大の私達日本人の義務である。使命である。そしてそれを待っている世界中の人々がいることを忘れてはならない。「ジャパンモデル」の確立は、グローバリゼーションの進むなか、地球全体を守り、人類を守るという崇高な精神に基づいて勇気をもって断じて行うべきことなのである。

光陰

平成22年4月20日
光陰

月日のたつのが早い。年月の流れるのが早い。それを「光陰矢の如し」という。弓で射た矢が、目にもとまらぬ早さで飛んでいくように、一日があっという間に過ぎてしまう。年をとると「今日は何日だったか、何曜日だったか」を忘れてしまうといわれていたが、私も時々それを自覚し、愕然となる。
春先は転勤や退職が多い。私の事務所もその挨拶で3月から4月はお客が多くなる。60歳で定年退職となりましたという人もいれば、65歳で定年の人もいる。私が大学を出て37年間勤めた会社をやめたのは59歳の時であった。そして半年後に自分の小さな企業を立ち上げた。59歳からの出発である。それから14年が経過した。その間の私の失敗談を書いてくれた鶴蒔靖夫氏の「夢への始動」という小冊子がある。59歳からの再出発の人生を書いたものである。鶴蒔さんは「これは定年退職者への応援歌である」という。
退職の挨拶にこられた方に、私は私の思いをこめて、この一冊を謹呈することにしている。人生捨てたものじゃない。定年後の人生こそ、バラ色の可能性が多いのだと説いている。定年後の人生こそ、失敗の可能性が低く、ビジネスのチャンスなのだと説いている。
高齢化社会を迎えて、高齢者といわれる人々が年々増え続けている。60歳や65歳で仕事を止めてしまう社会となると日本全体が沈没してしまう。死ぬ日まで元気に、他の人々の為に、働ける日々が「光陰」である。それが人生最大の目的である。そしてその生活こそが人間の幸福への道なのである。「光陰矢の如し」を悲しむ必要はない。生き生きと共に生きる生活こそが「光陰」そのものである。
さあもう一度今日から歩き始めよう。創業15周年まで、あと1年余りと近付いてきた。

ものの見方

平成22年4月19日
ものの見方

比較経済学が私の専門であるが、年と共に、日本の真の姿を究めたいという、身の程を知らぬ、大きな目標が気になるようになってきた。いわゆる「日本学」という前代未聞の領域が、私を誘惑するのである。日本人はどこからきたか、日本語の起源、日本人の知恵、日本文化の粋、日本の仏教、神仏習合、三十一文字、俳諧文化などなど。「日本」と表題のついた本をデータベース化すると、その数は大変大きなものになってしまう。そして「日本」の意味が、その本のテーマ、内容等の諸条件によって大きく変ってしまうことの分析も必要である。要は「日本学」とは未完の分野であり、その範囲は広大なのである。
白川静博士が70歳を過ぎてから生涯の大三部作の執筆にとりかかり、見事に完成され、90歳を過ぎてから文化勲章を受章されたことを思えば、日本学の一分野の一端を担う勇気を絞り出すのもあながち無謀ではあるまい。
日本人の「ものの見方」には、大きな特徴がある。まず第一の特徴は微視的で、細部にこだわるのである。この「見方」が、日本民族の集中力を生み、勤勉さを期せずして作り上げてきたのであろうか。外国人の巨視的で、全体をまず把えようとする見方とは正反対である。二つ目は自然との関係である。自然に溶け込む見方が強い。自然がまるで母のふところのように、自然に甘え、自然と共生する見方である。外国人の見る自然は克服すべきもの、戦う相手であるという見方と大きく異なっている。三つ目は日本人の島国根性といわれるもので、外国人のように巨大な大陸に住む人々の見方とは全く違った環境から生まれてくる見方である。個人の視点よりも、全体の見方を優先するのである。これは個人の意見を主張すること急な外国人とは違ってくる。その見方の根源は、日本人は法律よりも宗教的なものに拠っているが、外国人は法律や契約にこだわっている。感情的、叙情的な日本の見方に対して、外国は理知的、理論的な見方をする。
こんなに異なった見方をする日本人である。世界の端にいて、世界史の中では、あまり目立たなかった日本が、20世紀初頭には、列強の一員となり、軍部の独走によって周辺諸国に多大な被害を与えてしまった。これは日本人らしからぬ誤謬である。そして20世紀の後半は奇跡の復興を遂げた。この段階では日本人のものの見方が、日本人本来のものに戻ってきたのである。そして21世紀となった。私達はこれから世界のために何ができるのであろうか。その為にも、もう一度原点に帰って「日本」を深く掘り下げてみたいと思っている。

美濃街道

平成22年4月16日
美濃街道

福井から大野へ、そして岐阜県境を越えて、郡上八幡から美濃へ抜ける国道158号線は、かつて美濃街道と呼ばれ、多くの旅人がこの道を歩いた。いまその美濃街道は、中部縦貫自動車道に変ろうとしている。目下工事が進行中である。山国の大野市民や郡上八幡市民、そして美濃市民にとっても、この縦貫道の全線開通は待ち望んでいる最たるものであるが、はかばかしい予算がつかない。だからという訳でもなかろうが、大野の岡田市長と大野城築城430年祭のイベントの話をしていたら、その日に西川福井県知事と岐阜県知事がその件で大野市内で会談中とのことである。その夜のテレビのニュースで更に確認できたが、広域の連携プレーは誠に結構なことである。一日も早く全面開通をして、沿道住民や企業の人々を喜ばせる政治を期待したい。
この美濃街道を通して結ばれている福井市、大野市、郡上八幡市、美濃市の四市がお互いの交流を深め、交歓をはかる為の協定を結ぼうかと考えているとの岡田市長の発案に大賛成の意を表わし、微力ながら協力を厭わないと申し上げた。岐阜市に約十年赴任し、岐阜青年会議所のメンバーであったので、当時の知人をたどっていけば種々とつながりが出来てくることと思う。また当時の販売店も残っている。交流交歓の手始めに、430年祭等のイベントに招待し出席してもらおうというのである。トップ同志が仲良くなれば必ず市民レベルの交流が始まることと思われる。幕末の大野藩主土井利忠公は賢君として有名であるが、全国に37の店舗をもつ「大野屋」を作り上げたことでも知られている。約150年前に37店舗の全国展開を行ったのである。
平成大野屋が大野市で第三セクターとして発足した。しかし未だに店舗は大野本店だけである。一日も早く、福井支店を開設されるよう勧誘しているが、未だ確約がない。福井支店に続いて郡上八幡店、美濃店や名古屋、大阪、京都、東京などに次々と大野屋を出店していただきたいと願っている。観光客を待っているのでなく、こちらから出かけていって連れて帰るくらいの覚悟でなくては人は集まらない。
大野の人々の純朴さにふれる一日となった。大野桜守の会の高松会長を訪問し、千年桜の苗木を30本分けてもらってきたのである。今度の休日に是非植えたいと今から楽しみにしている。

三寒四温

平成22年4月15日
三寒四温

「春の嵐」とよくいわれるが、「春一番」を初めとして、低気圧の影響で春はよく荒れる。それと同時に「春の陽気」を感じさせる穏やかな「春のそよ風」を楽しむことが出来る。気温の方も「三寒四温」といわれるように寒暖の差が激しいという特徴があるのが春である。真冬に近い寒い日の次には、20℃の温かい日がある。一日の内でも、朝晩は冷えることが多いが、日中の晴れた日になると思わず上衣を脱ぎたくなる。春は冬眠から目を覚ます熊のように、私達の眠っていた感覚を呼び覚ますかのように、私達を激しく揺さぶるのである。
それにしても今年の春の気候の変化は激しい。あれ程騒がれた新型の風邪に、殆どの人々が、かかってしまった。しかし結果は人間の方が勝ったようである。鳥ウィルスも、豚ウィルスも現在のところは、私達人類を窮地に追いやるまでには至らなかった。安心は出来ないものの、峠は越えたように思われる。「三寒四温」の気温の大きな変動の中で、体調を維持するのは大変であるが、自分の命を守る為と思えば、衣服を重ねたり、コートを着たり、脱いだりと忙しく対応するのも楽しみである。
 春の女性は美しい。重苦しい冬物の衣裳から、薄手の明るい春物の装いに変ると、そのとたんに女性は美しくなる。衣類業界が苦しいといわれているが、この春の商戦をいかに上手に戦っていくかで、将来が決まってしまう。折角の知恵を出し、お客の視線をとらえる春の明るさ、色調の温かさでショーウィンドウを飾ってもらいたいものである。

農業への進出

平成22年4月14日
農業への進出

農業法人でなく、一般企業の農業への参入が昨今から認められるようになった。福井県では既に3社が参入した。石川県では6社、富山県では9社とのことである。農業の将来に魅力を感じて進出したのかどうかは、聞き取り調査をしていないので、定かではない。しかし建設関連業からの進出が多いのを考えると、本業の未来の厳しさより、農業の未来の方を選んだのであろうと想像できる。
さて農業に進出した企業は何を作っているのだろうか。日本の農業生産物の内訳は米、花卉、果物、野菜、キノコ類等に分類されている。工場型生産方式やビニールハウス方式などを含めすべての農業分野の中で、米を作っている企業は少ない。小麦やトウモロコシは殆ど皆無である。日本はネギ(エシャロットを含む)生産世界一である。ホウレンソウは三位、ミカン類は四位、キャベツは5位、イチゴ、キュウリ、キウィフルーツは6位である。米は減反政策前は3位だったが、今でも10位である。これらの高価格で売れる生産物への進出が新規参入者にとって魅力的である。そして同じ野菜を生産するのでも、一般農家の方法をとらず、「カット野菜」として出荷したり、販売先と提携しながら、客先のニーズを生産現場に生かしていっている。農業へのマーケティングの導入である。
敗戦後、日本の小売業界、流通業界はアメリカに学び続けて、今日を迎えているが、農業はどの方向に進んでいくのであろうか。私は農業への「マーケティング」の導入と、「大資本」の導入と、「知的財産権」の導入が求められるであろうと考えている。日本の農業のレベルが予想以上に高いのを調べてみて初めて知った。
福井県の農林水産部長が交替されたので、表敬訪問し、農業について今後の指導をお願いした。福井県の農業の未来を私は信じている。なぜなら福井は日本を、世界を制した「コシヒカリ」の生みの国である。もしもあの時コシヒカリの品種の特許が確立していたらと思うだけで楽しくなる。福井にはまだまだ宝ものが一杯かくれている。


コインパーキングの稼動状況

平成22年4月13日
コインパーキングの稼動状況

景気が底を打ったようだとの発表が、相次いでいるが、全国のコインパーキングの稼働状況は、今年に入って徐々に改善しつつある。特に3月は、2月よりも全国的に稼働率が上昇している。札幌だけは例外であるが、それ以外は2月よりも5〜10%の上昇を記録したようだ。当社も久しぶりに新記録が出た。
回復が顕著であった東京圏は、長野圏も含めて10%以上の上昇となった。観光都市の京都は絶好調であるが、東京圏と比べると、名古屋、大阪、神戸、九州は5%前後の上昇にとどまっている。北陸は富山がよい。金沢も好調であるが、福井は5%以下の上昇にとどまっている。
コインパーキングの稼働率の変化は、その都市の活性度を表わす手頃な指標である。春になって桜の開花が各地で聞かれる3月中旬頃から、稼働率が徐々に高まってきたようである。
それと共にコインパーキングの新しい開設の要求が増え出した。例年3月から夏場にかけて、新規オープンが多くみられるが、最近になって手答えを感じるようになってきた。リーマンショック前後から長い期間にわたって、新規オープンが減少したり、稼働率の低迷に悩まされていたが、3月の新記録は大きな自信につながった。
経済の動脈である車の活動がふえてきたのは、先行きに明るい兆しが見えてきたのであろう。安心は出来ないが、十分注意を払いつつ、慎重に行動を起す時なのかもしれない。

第25回ふくい春まつり

平成22年4月12日
第25回ふくい春まつり

福井市のえきまえで毎年4月初旬開催される「越前時代行列」が足羽川、足羽山の満開の桜の下で、華やかに繰り広げられた。約10万人の人出となり、えきまえは久しぶりの大混雑となった。晴天に恵まれ、気温も上昇し、人々は春と桜を十分に満喫することが出来たようである。柴田勝家、お市の方、その子の三姉妹そして松平春嶽など福井の歴史を彩った人々が、その時代の衣裳をつけて行列に加わり、約500名の隊列となった。県庁前を出発した行列は、JR福井駅に向って練り歩き、道路の両側に並んだ見物客から大声援を受けていた。この祭の可能性は大きい。今後、行列への参加を広く市民に呼びかけて、1万人の行列に成長すると、全国からの観光客が期待できる。
私達の完成したばかりの「幸橋グランデCHA」というマンションは、福井新聞にカラーの全5段の広告を出して、オープンの内覧会を開催したが、昼前後から満員の盛況で、嬉しい悲鳴を上げる一日となった。60組をこえるお客様を迎えて大成功となった。
えきまえ商店街は、郊外にとられていた客が、この日ばかりは大勢町中にあふれかえって、大繁盛となった。西武百貨店や、飲食店、駐車場も満員御礼が出るほどで、夜遅くまで賑わった。
福井のえきまえは「コンパクトシティ」という名にふさわしく、都市の魅力が凝縮している。福井城跡、北ノ庄城跡、足羽山、足羽川、県庁、市役所、県警本部、県議会議事堂、殆どすべての金融機関、県内唯一の百貨店、シティホテル、そして映画館3館のうち2館が立派に営業中である。図書館、博物館、音楽ホール等もある。老舗の各商店も、何とか苦戦しながら、努力を続けている。
県都としての福井市のえきまえを更に活性化し、賑わいをとり戻す為には何が必要であろうか。「特区」や「再開発事業」の申請を、県、市、地元がまとまって、行っていくことが必要である。
そして第一歩は福井県下の「魅力あるもの」を「えきまえ」に持ってくることを提案したい。福井県の魅力のエッセンスをえきまえに集約するのである。農水産物、工芸品、特産品、祭り、神社などなど宝物はいくらでもある。そして「えきまえ」と各市を結ぶ「人の道」「経済の道」「観光の道」を開通させるのである。「えきまえ」に「ミニ福井県」を出現させる為、この熱い想いを胸に、県下の市長さんを歴訪したいと考えている。時代祭の賑わいを見て、その想いを強くすることが出来た。

自殺者3万人超の国

平成22年4月8日
自殺者3万人超の国

食料が足りないのではない。お金がないわけではない。でも大切な何かがない国。日本。そう、日本では毎年3万人を越える人達が自ら死を選んでいる。何かが間違っているのである。
私は高校へ入学してすぐ友の自殺に出遭った。彼は中学生の短距離記録の保持者であった。彼がリレーのアンカーになると、何人も先を走る選手をごぼう抜きに抜き去って優勝する。私達のヒーローであった。その彼がある県外の高校のスカウトにより他の高校へ去っていった。そして、約半年後彼の自殺を聞いた。ご両親から涙の報告を聞いた。なぜ私達と同じ高校へと強く誘わなかったのかと悔まれた。お母さんの言葉「あの子が注文した文学全集が毎月1冊ずつ届くのがつらい」。初恋も、自信喪失も、孤独も、理由を捜せばいくらでもあろう。しかし残された者の悲しみ、苦しみを考えれば、死を選ぶことはなかなかできないはずである。
東尋坊は自殺の名所である。ここへ死を選んでくる自殺願望者が多い。この人達を瀬戸際で助っている人がいる。数知れない程の人達を助っている地元の人がいる。個人である。グループではない。でもこの人の行為は「神や仏の行為」である。
「グリーフサポート」という言葉を聞いた。これは自殺した人の家族を支援する人のことだという。かつては仏教寺院の僧侶や神社の神官が相談にのっていたことが今では医師やボランティアの人々の支援にかわってきている。そしてその自殺者の増加と共に、そのニーズがどんどん増してきている。毎日新聞の記事で、同志社大学の四回生の女性が、肉身の自殺を契機に、悲嘆の海から立ち上り、「グリーフサポート」ビジネスを立ち上げたいとの報道に接し、感激した。
若いということは何ものにも替え難い「すばらしい力」である。世の為、人の為に、困難に向って、挑戦しようというその姿に拍手を贈りたい。

もんじゅ

平成22年4月7日
もんじゅ

日本原子力研究開発機構は、文殊菩薩の「もんじゅ」をとって原子力発電所の名前にした。高速増殖炉の試験段階の「原型炉」である。1991年に完成した。「原型炉」に続いて、2025年に「実証炉」を完成、更に、2050年までに「商用炉」を運転開始するというのが日本の原子力政策の基本方針である。しかし「もんじゅ」は、1995年12月に冷却材のナトリウム漏れ事故で試運転が中止された。そして未だ稼動していない。今年はいよいよ再稼動の年となりそうであるが、学者達の反対意見もある。
 三人寄れば文殊の知恵といわれ、文殊菩薩は知恵を司る仏である。原発はウランを燃料としているが、ウラン資源は100年程度で枯渇するといわれている。その為、燃料の一部を再利用するのに再処理工場へ送り、もう一度使用しようとしているのが「プルサーマル」と呼ばれる方法である。「もんじゅ」はこの「プルサーマル」と違って、運転中に燃料を増産し、これを再処理し、再利用しようというものである。
高速増殖炉は米、仏、ロなどが先行してきたが、仏の世界初の実証炉「スーパーフェニックス」は1998年に閉鎖した。今稼動しているのはロシアの1基だけ。研究開発中のものは、日米仏の共同開発と、中国やインドが独自に開発中である。
世界一の大富豪となったビルゲイツは、今回東芝と提携し、次世代の原発の開発をはじめると公表した。狙っているところは、世界中で開発しているものよりも更に一歩進んだ「百年間発電しつづける原発」である。これが完成すれば、地球温暖化問題や、エネルギー枯渇の問題が解決でき、人類の未来に光が差し込んでくる。成功を祈りたい。
日本の原子力発電は1970年に敦賀市の敦賀1号機から始まった。現在は53基が運転中であり、日本全体の発電の中に占める割合は約25%に達している。福井県では、一番古い敦賀1号機を、更に運転を続けることで、合意ができた。中部電力では、次いで古い原発の廃炉を決定した。大型の新炉を同じ敷地で建設する方が有利という判断である。
人間の知恵は測り知れない程の可能性がある。その知恵を文殊菩薩の知恵にまで高めて、新式発電システムを作ることは十分意義のあることであり、大いに期待したい。ただ放射性廃棄物の処理の研究も同時に行っていく必要がある。ここにも「もんじゅ」の知恵を生かしてほしいものである。原発と共に生きている福井県民にとって、原発が単なる発電の一種というだけでなく、原子力の高度な活用方法の研究開発の拠点に成長していくことを願っている。世界に一つといわれるほどの研究開発拠点を築き上げていきたいものである。

景気回復への道

平成22年4月6日
景気回復への道

3月決算を締めて、ある程度回復を実感した企業が多いようである。当社もコインパーキングで新記録を出したところが多かった。約1年半に亘るコストカットの効果が出て、単月の利益は過去最高に並ぶ実績となった。これは全社員が一致団結して、百年に一度といわれる今回の不況を乗り切るべく努力したおかげである。小さな対策を、スピードをあげて、適確に打ってくれたおかげである。社員の努力にまず敬意を表し、感謝したい。また仕入先、下請業者、取引先の方々にも、筆舌に尽し難い協力を頂いた。この厳しい難局を乗り切ってこられたのもその協力の賜物である。
 景気回復の兆しが見えたかどうか、論は分かれるところではあるが、私は先行きに対してはかなり楽観している。まず先行指標の株式市場が3月末から急回復してきている。そして新年度予算がこれから徐々に現実のものとなってくる。桜が一斉に開花するように、日本の景気も新年度と共に明るさを増してくるであろう。
円高傾向も、中国元の強さに比較して、修正されつつあり、円、ドル共に安定しつつあるように思う。欧州各国の動揺も収まりつつあり、先行き大きな破綻はないであろう。
日本の政治の安定が、今度の参議院議員の選挙で問われることになるが、日米安全保障条約に影響が出るほどのことは起きそうにない。世界各国が、今回の一連の経済ショックに対して共同して安定策をとりつつある姿勢は変るまい。そう考えると景気回復への道は十分整いつつあると思われる。
唯一の懸念材料は世界的な雇用不安である。失業率は殆どの国々で大きくなり、未だに是正されていない。景気の回復により、この雇用不安が取り除かれれば明日は明るくなる。ちなみに福井県の失業率は日本一低い。福井県が日本で一番住み易いといわれるのは、働くことのできる職場がいつも用意されているからなのかもしれない。

龍馬と越前福井藩

平成22年4月5日
龍馬と越前福井藩

明治維新の功労者はというと薩摩の西郷隆盛と大久保利通、長州の木戸孝允、そして岩倉具視を上げる人が多い。歴史は後の権力者が自分達の都合のよいように変えてしまうとよくいわれる。明治に入って初代の総理大臣は伊藤博文である。長州出身。そして次は薩摩から総理大臣が出て、次が長州、そして薩摩と続き、六代目からは長州が独占するようになった。その間幕末から明治にかけての歴史には、かなりの潤色が施された。幕末から明治にかけての諸記録や日記、手紙など残された資料を冷静に分析してみると、明治維新という世界でも珍しい流血の惨事の少ない革命をなし遂げたのは、ひとり薩長の力だけにとどまらないことがよくわかる。
その第一人者が坂本龍馬であり、土佐藩である。その坂本龍馬を陰に陽に指導したり、支援したのは越前福井藩であり、藩主松平春嶽である。坂本龍馬は、武市半平太の攘夷論からスタートし、江戸の剣道家千葉貞吉や幕府の勝海舟の影響を受けた。そして最も影響され感化されたのは、松平春嶽とその客分横井小楠からである。坂本龍馬は、数多くの手紙を姉の乙女や友人達に出している。松平春嶽は膨大で刻明な日記を残しており、幕末の政治の裏面がよくわかる。また、勝海舟も日記をつけている。それ等を照合していくと、明治維新の実現に尽くしたのは、坂本龍馬、勝海舟、松平春嶽等であることに気付く。忘れてはならないのは彼等の名をもう一度歴史の表舞台に出させることである。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が毎日曜日の夜放送中であり、大いに興味を持ってテレビに見入っている。坂本龍馬の足跡を順に追いかけていくと、彼がいかに頻繁に越前福井藩やその関係者と連絡を取り合っていたかがよくわかる。死の直前の長崎から薩摩行の往復の際には2度も横井小楠を熊本に訪れている。そして京から越前へ来て、由利公正等と懇談して帰京後すぐ暗殺されてしまったのである。
坂本龍馬の長崎での亀山社中の設立や海援隊の設立は、越前福井藩の長崎の蔵屋敷の管理をしていた小曾根家の支援を受けてスタートしたものであり、その資金を最初に出した(勝海舟の要請による)のも松平春嶽である。薩長同盟の発案は松平春嶽や横井小楠や勝海舟であり、その実行者が西郷、木戸、坂本であったと私は考えている。
明治維新を越前福井藩から見てみると、すっかり異なった歴史の風景に出会えることになる。その為の歴史の検証をもう一度、福井の地元で着手してはいかがであろうか。そしてそんな新しい「明治維新館」を福井に作ってみたいと夢見ている。

都市再生と交通インフラ

平成22年4月2日
都市再生と交通インフラ

都市の停滞に活を入れ、繁栄に導くためにとられる手法の一つに交通インフラの整備がある。富山市の「セントラム」が有名である。セントラムは富山市の中心市街地を巡回する路面電車で、市民に親しまれ、賑わい作りに貢献している。公共交通機関を組み込んだ街づくりである。
長浜市の場合は、京阪神からのお客を呼び込む為に、近くの米原駅まで来ていた京阪神からのJR快速を長浜まで延伸させることに成功。このJR快速が、観光客を呼び込んでくれた。今では観光バスと同じくらいに数多くのお客を運んでくれている。
福井市の場合は郊外電車が二社ある。二社共地元自治体の支援を受けた第三セクターである。二社共京福電鉄や名古屋鉄道の子会社であったが、業績低迷の中、廃業の危機に直面、利用客からの要望により、地元への肩替わりが行われた。
しかし業績の実体は厳しく、黒字化の可能性はまだ見えていない。2003年に新規オープンした「えちぜん鉄道」は、採算ライン年間利用客380万人に対して、2009年度は310万人である。「福井鉄道」は8年後までに200万人を目標としているが、2009年度は161万人である。
この二路線の相互乗入れを検討しているが、それだけではメリットが少なく、利用客の増加はおぼつかない。かつての繁栄を再現する為には「車から電車へ」というエコロジー運動を強力に推し進めたり、魅力のあるスポットを沿線に作っていくことが重要である。
またパークアンドライドという駅前の駐車場を完備し、車を郊外において電車で都心に向うインフラ整備が必要である。
また低料金制度に切りかえ、まずお客を増やすことから始めるのも面白い。そして各駅に魅力を持たせる施設を建設したり、イベントを実行するのである。
北陸新幹線の早期完工や中部縦貫道の開通も重要なテーマである。明治のはじめ全国に鉄道網が次々と完成していったが、その時の国力に比較すると日本の現状は、遥かに強い経済力を持っている。それが遅々として進まないのは何故なのであろうか。政治の貧困、国のリーダーシップが確立していない何よりの証拠である。


ジャパンモデル

平成22年4月1日
ジャパンモデル

日本の人口構成は先進国の中でもダントツの超老人国になりつつある。2050年には70歳以上の老人の人口が55%を占めるという予測が出されている。この大問題をどう解決し、繁栄を保っていくのかを世界中が注視している。いわゆる「ジャパンモデル」をどう作るかである。その「ジャパンモデル」がこれからの世界の指標となるのである。日本に課せられた大きなテーマである。人口問題特に老人比率の急激な上昇は、先進国だけの問題ではない。中国も早晩この問題で苦しむのは目に見えている。それだけに世界から注目されているのである。
 ジャパンモデルは人口問題、老齢者対策だけではない。今世紀の最重要テーマとされる環境問題、省エネ対策でもジャパンモデルを要求されている。日本が世界でもトップクラスの省エネ効率の追究に熱心であり、特に産業分野では優等生だという評価を得ているからである。日本メーカーの省エネ技術の導入に熱心なのは先進国だけでなく、世界からの提携の申込がある状態である。例えば太陽光熱発電や、原子力発電所の建設、運営、管理技術や太陽電池開発技術、省エネ車開発技術など広範囲に亘る先端技術をどのように活用して、地球温暖化問題の解決方法を確立するのがよいのか。その方法がジャパンモデルとして期待されているのである。
 資源を持たない国だからこそ、なけなしの知恵を絞り、汗水垂らして勤勉に働き続ける以外に生き残る道はない。その生き残るための唯一の道がジャパンモデルとなる。これからのジャパンモデルを想定してみよう。
1. 子供が少ないので、子供を大切にする社会への転換
2. 高齢者が増えるから、高齢者が働き易い社会への転換
3. 結婚しない人が増えるので「お1人様」を認める社会への転換

新しい問題の発生は、新しいチャンスを生む。新しい成功者の出現が約束されているのである。この年度初めの時期に当り、新年度が明るい年になるよう心から祈りたい。