2017年03月のアーカイブ

幸福な人生の生き方

3月31日
幸福な人生の生き方
儲けること、お金や物品を獲得すること、地位や名声を得ることなどにより幸福な気分を得られるのは間違いない。他人に何かをしてもらうことも有難い。しかしもっと幸せな気分になれることがある。それは「してもらう」のでなく「してあげる」即ち「させてもらう」喜びである。これは究極の幸福といえる。無償の愛は母の愛というが、慈母の如く何の見返りもなくまわりの人々に愛をふりそそぐ姿こそ幸福そのものである。そんな生き方をしたい。80才になってやっと真理に気付いた今日この頃である。幼い頃、祖父に教わった言葉を思い出す。「人に物をあげるのではない。もらってもらうのだ」乏しい食料を近所の家々に少しづつおすそわけする祖父の姿が忘れられない。光り輝いていたその笑顔を思い出し、真理は身近にあることに気付いた一瞬である。

千載一遇のチャンス

3月29日
千載一遇のチャンス
私の年頭の初感で、福井は今、千載一遇のチャンスの時を迎えていると述べた。それはここ数年来福井県は幸福日本一の県との評価が相次ぎ、GDPでなくGNP(国民総幸福度)を主張するブータン王国との独自の交流がはじまり、年々親密度を増している。そして北陸新幹線の若狭まわりが決定し、福井県内には5駅が新設(改設も含めて)される。既にこの建設のつち音が高くなってきている。この時に合わせて、福井県内のあらゆる地域、あらゆる産業、そして私達の生活、意識などの大変革を行う必要がある。一生に一度のチャンスである。福井県民すべての人々がそれに気付き、前向きに対応することに期待したい。そして小さくてもいいから、何かに挑戦するチャンスをつかんでほしい。切に願っている。

我利我欲

3月28日
我利我欲
幸福の秘訣はとよく聞かれる。応えは我利我利亡者になるなと答えている。先人たちはみな同じことを言っている。70年前の人ガンジーは「非暴力は人間の法則、我利を先んずるのは獣の道」と言っている。520年前の蓮如は「自我の妄執は人間の内なる戦い」という。プラトンも釈迦も「克己こそが人間の道 仏の心」といっている。自我の妄執から解放されるための内なる戦い、それが人生なのかもしれない。我利を捨てることは誠に難しい。しかし捨ててみれば何でもないことに気付かされる。私はいま一枚ずつ衣をぬぎ捨てるように、「我利」を日々捨てることを目標に消日している。

沖縄の幸福度

3月26日
沖縄の幸福度
沖縄には米軍基地があり、いつも紛争の原因になる。沖縄は日本列島の最南端。気候は暖かく冬期には沖縄を思うだけで癒される。思いきって沖縄へ飛んでみると、常夏の島ハワイとは一味も二味も違うよい所に気づく。海と山との違いはあるがブータン王国の地方を旅するような雰囲気を味わえる。そこには平和があり、幸福に満ちた生活がある。自然との共生が本当の幸せの源なのだろうか。地域が一つの家族のように支えあって生活している。過疎に悩む中山間地の私達と同じように、貧しいながらも助けあう結(ゆい)の習慣が生きている。47都道府県の一人当り所得額は毎年最下位ではあるが、幸福度日本一、世帯当り貯蓄高、所得額日本一に近い福井県と比べてみても幸福度が劣っているとは思えない。夢の島沖縄。だから観光客が多い。外国からのインバウンドが多い。沖縄を研究することで、「幸福とは」と追求しているブータンミュージアムの方向性がみえてきそうに思える。

日向を歩く

3月25日
日向を歩く
3月に入りめっきり春めいてきた。4月上旬の気温だという。ところが日陰を歩くと北風がつめたい。ニューヨークに滞在していた時を思い出す。マンハッタンの冬、人々はみな日向を歩く。日陰を歩く人は殆どいない。東京とは大きく違う。東京では太陽の日ざしによって舗道のどちら側を歩くかを考える人はまずいない。ところがアメリカ人はみんなが考えるのである。ここはマンハッタンではなく福井のフェニックス通りである。春の暖かい陽ざしをあびて、今日も元気にけやき並木を歩いている。

ロッキングチェア

3月24日
ロッキングチェア
もう50年以上も前のことである。義父の事務所を初めて訪問した時のこと。ロッキングチェアで仕事する義父を見た。その椅子にすわってみてその揺れ具合を確かめたことを鮮明に覚えている。それ以来数脚のロッキングチェアを入手し、今でも3脚が手ばなせない。最も気に入っているのが妻が骨董品屋で買ってきてくれた皮張りの重厚な英国調のものである。今でも事務所の私の専用椅子として現役である。足をのせるフットボードは物置きとして使っている。この椅子の特長は大きく後ろへ傾けても倒れない。目をつぶると浮遊感覚を味わえる逸品でとても気に入っている。もう一つはチーク材でチーク家具セットの中の一つでこれも大型。特にローリング用の足の部分が大きく長い。孫達の格好の遊び道具である。最後の一つは普通サイズ、色合いがよいので手ばなせない。瞑想をする時間を楽しむ習慣がある私には、ロッキングチェアは何よりの友である。生活に欠くことの出来ない代物である。仕事に疲れてやおらパイプをくわえてという訳にはいかないが、いそいそと瞑想の時を求めて椅子にすわる時もあり、我ながら面白い。

純資産2570万円

3月22日
純資産2570万円
日本国民の1人当たりの純資産は2015年末現在2570万円(内閣府)と発表された。総額で3290兆円となる。GDP500兆円の6年分余りとなる。膨大な金額を有する資産国といえよう。アメリカの核の傘の下、日米同盟に守られてきた日本は気がついてみれば、中共の軍事力の脅威、北朝鮮の核付ミサイルの脅威にさらされている。日本の防衛予算の金額はアメリカ、中国、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアに次いでいるが、対GDP比では1%と最低である。まして対国富で考えると0.2%と世界一低い。安倍内閣は追加措置をするようであるが、中共や北朝鮮更にロシアなどの共産圏の不気味な動向、そして世界を吹き荒れている右翼政権の台頭を考慮すると、自衛力増強が必要と思われる。日本海各地に進出してきている中共、北朝鮮、韓国の漁船とそれを後方支援している軍の動向には更なる注意と、俊敏な対応が求められる。

ダショー カルマウラ

3月21日
ダショー カルマウラ
ブータン王国のダショー(尊称)カルマウラ氏が3月13日に来日し19日までの1週間滞在。東京と福井で「GNH調査2015年」についての講演を行った。逢うのは半年ぶりだが精力的な姿勢は全く変わらず、元気なのに安心した。JICAのブータン事務所高野次長をはじめ随行2名そしてJICA南アジア部長松本さんと通訳を含めると6名の皆さんが福井を訪れた。今回も展示用の書籍など貴重な資料を預かり早速展示の準備にとりかかりたい。4月からは「ブータンのことわざと文化」についての新しい企画展と、50年前にブータンを訪問した日本民藝協会のメンバー西邨辰三郎氏のコレクションを併せて紹介するので、そのアドバイスもいただいた。天皇家の眞子さまが6月にブータンを訪れる時期に私達も第7次訪問団を企画している。その打合せも行った。短い日数ではあったが有意義な時間を共有できた。またこの機会に遠方から数多くの友人達が来館していただき感謝。

キラリ会第99回

3月19日
キラリ会第99回
今月は福井労働局の早木武夫局長をスピーカーに迎えて、福井県と「働き方改革」についてのスピーチをお願いした。連日テレビ新聞で報道されているテーマだけに出席者一同熱心に拝聴。ワークライフバランスと成長への取組みについて具体的な事例を挙げてのお話でよく理解できた。局長は高岡市生まれの北陸育ち。旧労働省入省以来海外滞在、海外関連部署での勤務が長く、幅広い見識をお持ちで、独特の語り口と笑顔に、参加者一同大満足。堅い話とはとても思えない程もり上がった。来月はこのキラリ会も満10周年の第100回となるので記念の会としてホテルフジタからも特別のワインと地酒の差し入れがある。スピーカーは西川一誠知事の予定である。

ブータン王国の友を迎える

3月18日
ブータン王国の友を迎える
久しぶりにダショーカルマウラから訪日の連絡があり、3月中旬に福井であえる。船便でいくつかの注文の品々(展示品)が相前後して届くようである。JICAの高野次長も同道するようで、ブータンミュージアムも賑やかになりそうだ。今日福井県からカルマウラさん、JICAブータン事務所の高野翔君の二人の講演会の案内をもらった。早速ミュージアムの壁面に貼ると同時に正会員100余名、賛助会員30余名にメールした。福井県と王立ブータン研究所との相互協力覚書締結の5周年記念事業である。NPOとしても微力ではあるが、メンバー全員で、お二人の来福を歓迎したい。

ノーベル化学賞

3月17日
ノーベル化学賞
日本人のノーベル賞受賞者は戦後の1949年の湯川秀樹博士を最初とする。陽子と中性子との間に作用する核力を媒介するものとして中間子の存在を予言したものであった。敗戦に打ちひしがれていた日本人の心に明るい希望の灯をつけた偉大な受賞である。その後物理学賞の11名を筆頭に、化学賞7名、医学・生理学賞3名、文学賞2名、平和賞1名の計24名を数える。その中で化学賞を日本で初めて1981年に受賞された福井謙一博士(1918−1998)を紹介したい。彼はフロンティア起動理論で化学反応のプロセスを説明したのであるが、そのアイデアを思いつくとすぐメモに書き留めたという。そして夫人にその数式の美しさを自慢したというのである。「すぐに消えるアイデアにこそ価値がある」との意見で常々身辺にメモを置いていたとのこと。これは私とそっくりの考え方で、私も夜中にとびおきてメモを記し、また寝る習性がある。そのメモが時に光彩を放つことがしばしばある。ノーベル賞は日本人の場合は物理、化学賞の受賞が多い。この分野の科学者が多く、企業との連携が取りやすい利点もあろう。アジア人の受賞は日本人以外は皆無に近いが、これからは各部門間をまたいだところでの受賞が増加すると思われる。日本の学者の英語嫌いの克服も急がねばならない。

シェアエコノミー

3月15日
シェアエコノミー
20年前にシェアエコノミーのコインパーキング事業に乗り出した。その当時は人、物、金、情報など経営資源を何一つ持たず、毎日苦労の連続であった。そのおかげでシェアエコノミーの創造という現代風の経営の誕生に携わることとなった。シェアエコノミーの典型はB+Bといわれる民泊、コインパーキングのようなスペースを時間で利用するビジネス、物品のレンタル、リース。ファッション商品、きもののレンタル、結婚葬儀式場賃貸等。カーリースも間口が広くなり、相乗りも増えてきている。お金もクラウドファンディングによりどんどん自由化がすすみだした。物のシェアから土地のシェアになり、いよいよお金のシェアに広がってきてこの分野の可能性はますます大きくなりそうである。21世紀型のシェアエコノミーの一環として農地、林地のレンタルリースに乗り出したいと考えている。

少雪

3月14日
少雪
3月に入って今年の冬をふりかえってみると、その雪の少なさに驚く。スキー場はお手あげである。人口雪の設備も導入しているが、それでもお客を呼べないという。トランプさんは地球温暖化は科学者の幻想だというが、現実はここ数十年北陸の積雪、降雪は確実に減少している。日本海の魚の漁場は海水温の上昇により、徐々に北に移動しているのだ。農業には不向きといわれた北海道が今や日本農業の救世主になろうとしている。南洋の島々が海水温の上昇により水没が心配されている。すべて温暖化による影響である。少雪を喜ぶ人、悲しむ人いろいろであるが、温暖化の事実は各種データを見れば明らかであり、その対応策を直ちに実行すべき段階である。

いきいき会

3月12日
いきいき会
福井のJR福井駅前にかつて三上百貨店があった。現在の西武百貨店(元だるまや)と並ぶ百貨店であったが、その4階で老人パワーの400人が殆ど毎日集まっていきいき会を開いている。その会合に呼ばれ先日講演をした。約1時間の私の講演(幸福な人生−ブータンとの交流を通じて)の後、質疑応答が行われた。質問が相次ぎ30分以上になった。私は講演は大学、教育センター、ロータリークラブ、婦人会、公民館等各地で開いていただいているが、こんな元気な会は初めてであった。そしてその後勝山市の方から勝山でいきいき会をやるので講演してほしいと依頼がきた。喜んでお受けしたが、お年寄りの元気なパワーに改めて気づかされた。このパワーをどこに注ぎこんでもらうといいのか、更に大きな宿題をいただいたように思う。

音楽

3月11日
音楽
音楽は言語よりも広範囲に人や動物、あるいは植物や細菌にまで影響を与えるという。音楽は原始より、私達を慰め、癒し、勇気づけてくれている。坂本九の上を向いて歩こうや童謡ふる里など気持ちのダークな時に、どれほど勇気づけられたことか。気分転換にも即効だ。音楽は人生の彩りである。音楽のある人生、音楽と共にある生活を大いにエンジョイしたいものである。毎月第一土曜日の午後2時からブータンミュージアムの二階フロアで生演奏、ピアノ伴奏つきの歌声広場を開いている。

果樹園とドローン

3月10日
果樹園とドローン
私のマンションのすぐ近くは、農業振興地区で、町の中ではあるが、広い田園が広がっている。時には農薬散布が行われ心地よいエンジンの音が響く。最近ではドローンを使う実験が行われており、時代の変化に驚かされる。最近読んでいる現代農業という月刊誌に山梨県韮崎市の岩下忠士さんのドローンを使ったブドウの剪定の記事がのった。ブドウの剪定作業はブドウ棚の下から樹を見上げて行うので、視界が狭く初心者には難しいとのことである。そこで若いブドウ農家の安部正彦さんと共同でドローンを購入し、上空から撮影した結果が発表された。私は最初からドローンを使った農業を指向しているのでまさにわが意を得たりと熟読した。ドローンやパソコン、スマホなどを駆使し、データベースを構築して大勢の仲間と知識を共有していく新しい農業をめざしたいものである。そんな農業であれば若者達も興味を持ち、新しい担い手として参入してくれるであろう。

富山よりのお客

3月8日
富山よりのお客
昨年末に新聞にブータンミュージアムの紹介記事がのった。そのため全国からいろいろ電話や手紙で激励していただいた。その一人が先日わざわざ訪れて来られた。瓢箪作りの名人で富山市で毎年1000ヶもの大型、小型のものを生産しているという。その話はとどまることなく1時間半に及んだ。彼の独演会を聞いたのは私だけ。話はとても面白かったが来福の趣旨はもう一つはっきりせず、ホームページを見よとのこと。そこには2012年の富山県知事選に彼が立候補した時の抱負が書かれていた。「県民1人1人が生きがいと幸福を感じられる富山県をつくりたい」この一言が私達のブータンミュージアムやブータン王国の考え方とそっくり同じだと気付いた。やっと謎がとけた。瓢箪は中身を出し、種を出して乾燥させて使う。私はその捨てている中身に興味があり、成分分析をぜひするようアドバイスした。ノーベル賞ものの大発見があるかも知れない。彼の自宅の周辺には3反歩の畑があり、そのうちの1反歩すべてが瓢箪畑とのこと。一度訪れてみたい。お土産に頂いたパンケーキ、富山で一番おいしいとのこと。みんなで楽しんだ。感謝。

若者の心理

3月7日
若者の心理
大卒の3人に1人が就職して3年以内に退社しているという。誠になげかわしい。就職希望先のランキングが毎年新聞紙上をにぎわせている。どの会社も超一流企業である。それが3年以内に退社するのはどんな理由であろうか。私は日頃若者の安定志向に警鐘を鳴らしてきたので、大企業への過度な期待には賛成したくはない。だが僅か3年以内にギブアップする若者が多すぎることに不安を感ずる。嫌な仕事、つらい仕事も継続しているとその仕事のよさがだんだん判ってくる。続けていれば変化がおきる。そして転機は必ず来る。その転機は退職ではない。継続することの中で生まれてくるチャンスである。そのチャンスをガッチリつかんで前進することを祈りたい。

生涯現役

3月5日
生涯現役
生涯現役を標榜しているので、80才を迎えて、次の仕事を模索する毎日である。生涯現役とは格好良いが、仕事をするにしても、社会奉仕をするにしても若い頃と同じやり方では続かない。体力も気力も若者と同じというわけには行かない。ということはやり方を工夫する必要がある。注意している点は「心を込める」「受け入れる」「後悔しない」「一歩前へ出る」「天空をめざす」などである。会話をする機会をできるだけ作り引っ込み思案にならないよう注意して日々を送りたいと考えている。

書斎

3月4日
書斎
中学生の頃、友人の家を訪れると自分の部屋を持っている。私の家は母が和裁塾を若い頃から続けており、家は小さくはないが私の部屋はもちろん、父の部屋もなかった。戸主である祖父だけが隠居という離れで暮らしていた。そこで家族会議を開き、2階の物置を改造して勉強部屋をつくってもらった。天井の低い小さな部屋である。本棚やベッドは手づくりでつくった。自分で建てた家は岐阜市の前一色山の中腹の家が最初であり、小さいながら書斎をつくった。その後福井市の米松、北鎌倉、房総のミレーニアそして福井市の開発と住む家は変わったが書斎らしきものを常につくってきた。今はマンションの高層階の居間を書斎代わりとしている。事務所としては約40帖の部屋を独占しているがここで執務するより、1階のミュージアムの受付で来館者と歓談する方が多い。ただこの書斎には妻が買ってくれたアンティークの大型のチェアーがある。疲れたときは靴を脱いでフットデッキに足を載せ、ローリングをしていると宇宙遊泳のような気分に浸ることが出来る。早くも天国にいるかという程気持ちがよい。春を待ちながらこれからの構想を練っている。

孫を預かる

3月3日
孫を預かる
次男の娘が東京の大学に入学して早や2年が過ぎた。春期の休暇に福井の私の家へ来ることになった。ブータンミュージアムでのボランティアの仕事を学ばせるのがよいと考え、一週間預かることにした。つい数年前の子供がもう二十才だという。月日の経つのは本当に早い。私も気がつけばもう80才。他人事ではない。孫のシーナはおとなしい性格ではあるが、パソコンやスマホの扱い方では私のレベルをはるかに超えている。現代っ子である。一週間、朝起きてから3度の食事そして就寝まで、私達夫婦と同じように過ごした。今日はそのシーナが東京へ帰る日となった。また東京であえる日を楽しみに見送りたい。私達が岐阜に住んでいた頃は、長浜の私の実家を毎月一回必ず訪れていた。岐阜へ帰る時の亡き父母の気持ちが今になってやっとわかるのである。

変化はチャンス

3月1日
変化はチャンス
オバマ大統領が就任した8年前、彼は「変化」を合言葉とし劣勢だった国会をバックに活躍をはじめた。現在トランプ大統領がまたオバマ路線を否定し、ゆりもどしともとれる政治をスタートさせている。世界中の耳目は彼の一挙手一投足に右往左往しているようだ。私は常に「変化はチャンス」ととらえている。アメリカの株式市場が連日最高値を更新している。減税を含んでアメリカの雇用が増えるとの見通しであろうか。日本の株式市場はどうなるのか。興味のあるところである。