宗教と日本

平成19年6月7日
○宗教と日本

 社員と元社員の結婚式に招待された。友人の経営する結婚式場での挙式であった。チャペルで、英語と日本語による不思議な外国人牧師の司会ですすんだ。最近の結婚式は殆んどキリスト教式になった。カトリックかプロテスタントかわからないので、牧師に確認したところ「私は神父でなく、牧師です」とのこと。新教である。

 私達日本人は結婚式はキリスト教で、お葬式は仏教で、お正月は神社へ参詣し、お年寄りはお寺詣りが好きときている。信仰心がないわけではないが、割合不節操である。外国人には理解できないようだ。

 福井という土地柄は信仰心の篤いところだ。神社の数も、お寺の数も非常に多い。人口当りではおそらく日本一だと思われる。日本海文化圏にあるので、古来から出雲や東北、北海道と濃密な関係を保ってきた。

 北魏の都、洛陽に、扶桑館(東方夷人の居留区)があり、扶桑国(日本の北方民族か、越の国からか)よりの帰化人が住んでいた。多分蝦夷を主体としていたと思われる。「仏教はガンダーラ僧によって458年扶桑国へもたらされた」と『梁書』の「扶桑国記事」にある。聖徳太子の頃より可成り以前のことである。今まで仏教伝来といわれたより遥かに早くに、仏教は日本各地にもたされたものと思われる。

 継体天皇の時代にすでに日本海側に仏教が入っているという感触を持っている。継体天皇を推戴したのは大和政権中枢の豪族と、渡来人の秦氏や蘇我氏であり、尾張氏であった。それ等の豪族は、大和の豪族が「神」と共にあったことと違って、新しく伝わりつつある仏教の影響を受けつつあったと考えられる。聖徳太子の十七条憲法以来仏教が中心となった。天皇は即位後伊勢神宮へ参ると同時に、各寺院に勅額などを贈り、仏教への崇拝も篤い。日本は不思議な国である。

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投稿者: jsb 日時: 2007年06月07日 09:00

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