面壁9年

平成21年8月4日
面壁9年

仏教の祖はお釈迦さんであるが、その28代目の継統者を達磨大師という。達磨大師は、仏教がインドで生まれ、中国へ入った頃、坐禅を修行と悟りの中心においた最初の仏弟子である。それは梁の武帝の時代(520年頃)、「正法眼蔵」を正伝する嫡々の承継である。嵩山少林寺で、坐禅を組み、その坐禅が九年にも及んだ。その故事を「面壁九年」という。その意味は「長い間、わき目もふらず一心に努力する」ことをいう。「壁に向って足を組み、心静かに、本眼でいることを「坐禅」というのである。
先日福井経済クラブの会合で、永平寺へお参りをした。門前におりながら山内へ入り、お参りするのは年に数回、あるかどうかである。久しぶりに法話を聞いた。松原徹心副監院の法話である。僅か1時間の法話であったが、不思議な体験をした。徹心師が私の亡父にだんだん似てくるのである。法話を静かになさるその身ぶり、顔、容姿、形が75歳で逝去した亡父に似てくるのである。亡父の口を通して、道元禅師の精神、「正法眼蔵」を聞く思いがした。「正法眼蔵」は世界でも稀有の大思想家、道元の全92巻に及ぶ大著である。その中に「尽十方界」がある。「十方界」は、東、西、南、北、東南、西南、西北、東北、上、下をいう時間空間を示す言葉である。この「十方界」と近江商人道の「三方よし」の哲学を合わせて、私は私の経営哲学の基本精神を「十方よし」としたのである。「喜びの種、幸せの種を蒔こう」「利他の心」「十方よし」「1人3役」の4点が私の経営哲学であり、道元禅師をはじめ多くの方々から学んだエッセンスである。
中食に二の膳つきの精進料理をいただいた。久しぶりに満ち足りたおいしい料理であった。大田監院さんは在山であったようだが、グループでの参加であったので、挨拶もせずに欠礼をしたのが心残りであった。その後、永平寺さんよりご丁寧なおみやげを持参され、益々恐縮した。

投稿者: jsb 日時: 2009年08月04日 09:08

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