黄金の十年

平成18年9月7日
黄金の十年

 最近の新聞雑誌の見出しに「黄金の十年」という文字が躍るようになった。設備投資の堅調に加えて、消費が上向き、雇用が拡大し、デフレ終焉の声が高まってきた。年末にはこの好景気が「いざなぎ景気」を超えて、戦後最長のものになるという。

 しかし今度の好景気ほど、実感の伴わないものは、かつてなかった。特に地方経済においてはなお更である。好景気というより、プラスマイナス線上で、ジグザグ運動を繰り返している感があった。
ところが、企業の業績見通しは、4期連続プラスとなり、株式の価格が上昇に転じた。株価は景気の先行指標である。地価は首都圏の一部で上昇を始め、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡と各都市の中心部が上り始めた。

 失われた十年の原因であった三つの過剰が解消され、金融不安は一掃された。体力を蓄えた企業は、設備を増強し、雇用を増やし、積極的に動き出した。2007年からほぼ5年間に亘って、団塊世代の退職が始まる。同時に、団塊世代の子供等の世代の消費性向がピークを迎える。莫大な、かつて経験したことのない大型消費時代が来るのは間違いない。

 日本の歴史の中で、戦後の経済の歴史の中で、常に主役を演じてきた団塊の世代と、その第二世代が、最初で最後の合同演奏を始めようとしている。

 「黄金の十年」の始まりである。日本が1980年代、世界経済をリードしたように、これからの十年は期待に十分答えてくれそうである。但し、その莫大な個人消費や、企業の投資の方向が、どこに向うのかはしっかり検討しておく必要がある。バブル時代のように株式と土地に流れこむと考えるのは、少し問題である。大きな過去の失敗は、学習効果を生んだ。そして価値観も変りつつある。新しい資金の流出先は一体どこに向うのであろうか。

 発想を変えなければならない。富の二極分化が進んでいるとのデータがあるが、私はこの分析は間違っていると考える。即ち所得がかつては父親1人のものであったが、最近では父も母も子も働いている家庭が多い。そのパートの母の収入の多寡を云々したり、フリーターやニートの子の収入を論じるのはおかしい。家族全体の総収入で見るべきだ。そうすると決して少なくなっていない。
お金の流れは、「都市の再生」に向う。東京新都心の変貌ぶりを見れば明らかだ。都市は耐震型、耐火型のコンパクトシティへ生れ変っていくであろう。

 また個人の生活は必然的にエコロジーを重視した省エネ生活、即ちロハスな生活へ変っていく。新商品、新サービス誕生のチャンスである。

 株式も土地も厳しい選別の時を迎えるであろう。すべてが値上りするのでなく、値上りするものとしないものの差がはっきりしてくることと思われる。「黄金の十年」は、残念乍ら、すべての人々に平等に訪れるものではない。心して準備をしておこう。

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投稿者: jsb 日時: 2006年09月07日 18:01

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